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カテゴリ: green beans >M&Kぶろぐ >mungbean >toge >もやし >インドネシア >緑豆

緑豆への挑戦

2017年11月22日 20:24 | コメント/トラックバック (0)

緑豆Green Beans、Mungbeansへの好奇心
インドネシアの旅と信州安曇野での試験栽培

20987900_584372481953089_1487539740_n緑豆 信州安曇野

はじめに
1996年に始まった発展途上国を襲った金融経済危機は、ASEAN諸国でも優等生であったインドネシアをも飲み込み、政府は財政困難に陥った。
1997年、インドネシア政府は我が国に、国家プロジェクトとして継続しなければならない子供と婦人へのワクチン接種に必要な注射器の無償援助を申し入れた。
1998年、保健衛生無償協力の調査員の一名として、初めてインドネシアを訪問する機会を得た。
インドネシアの危機を喜んでいられないが、今から思うとこれが私の人生を変え、余生をインドネシアと共に過ごしている。
その時に出会ったのがインドネシア原産の熱帯薬用植物ノニであり、現在に至るまでノニに関与し、インドネシア並びに日本に対して若干でも貢献している。
以後、現在に至るまでインドネシアは、日本・フィリピンに次ぐ第三の母国として毎年4~5回訪問している。
日本の6倍強の面積、世界一の島嶼国、世界で4番目の人口、常夏、天然資源および地下資源に恵まれ、イスラム教・ヒンズー教・仏教・カソリックとプロテスタン教の信者のために祝日が設けられたインドネシアは、非常に魅力的な国である。

国民は親日的であり、おもてなし(Obat、この意味は伝承医薬品にも通じる)を惜しまず、健康的で明るく、日本以上の歴史・文化に裏打ちされた誇りを持っている。
多くの農産物、果実はインドネシアを起源とする。
ノニに次いで、ブアメラ(赤い果実)、ココナッツ、ウコン類、赤・白・黄ショウガ、ソアソップ、ネコノヒゲ、キンマ、バンガジュツ、キャッサバ、インド栴檀、蘇芳、仙人草、ニガウリ、モリンガ、ヒハツ、などなど多くの植物・果実に出会っている。

それでも、8000種類もある薬用植物の微々たるもの。

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しかし、一部は17年間の好奇心を満たすための私の経済活動の源になっている。
これらを通じて、インドネシア政府工業省、科学研究院、いくつかの大学との共同研究に繋がり、多くのかけがえのない友人を得た。

この数年、興味をもたらしたのが中部ジャワ島で出会った緑豆である。

緑豆
緑豆はマメ科、学名はVigna radiata (和名:ヤエナリ、リョクトウ)。
インド原産だが、東アジア、南アジア、アフリカ、南アメリカ、オーストラリアなどで栽培されている。
花は淡黄色、鞘は5~10㎝、黄褐色から黒色で10~15の種子を持つ。
種子は乾燥した場合、長さが3~5㎜の長球形、一般的に緑色である。

緑豆に出会い、様々ことを知る機会を得たものです。
緑豆は日本での初出は10世紀であるが、実際にもやしとして現在のように常食となったのは明治時代の後半以降のこと。
もやしのほとんどが、緑豆を原料として作られること、日本での生産はなく100%中国やミャンマーからの輸入に依存していることなどは、知られていない。
小豆の仲間でありインドを原産とし南アジアで栽培されていることは、知らなかった。
中国北部の寒い満州が緑豆の一番の栽培適地であると信じていた。

インドネシアの緑豆
3年前、バンガジュツを求めて中部ジャワの友人を求めて探索の旅をしたが、その時偶然にも小さな市場で緑豆に出会った。
満州のような寒い地域の作物だと信じていたが、南国、それも常夏の熱帯国で育っているとは、大きな驚きで。
それから、緑豆に関して好奇心の窓が開いた。

緑豆 M&K 1

紀州半島に緑豆を植えている地域があるそうだが、鰹節とともにインドネシアが起源とも推測されている。

市場では、老女がもやしを売っていたのにも出くわし、さらに驚いた。
もやしは日本人の食品だと信じていたのだが、無知であった。
市場のもやしは短く、殻がついていたが老女はざるの上でより分け売っている。
(この画像は、そのあとジャカルタでスマートフォンを盗まれてしまい、お示しできません。非常に残念です。)

インドネシアではトゲToge, Taugeと呼ばれており、中華料理には頻繁に使われています。)

もやし 焼肉 緑豆 M&K もやしの肉野菜スープ

勿論緑豆は袋に入れても売られていたので、躊躇なく購入、1㎏ぐらいで500円だったであろう。
日本人だと思い高い値段で買わされたようだ。

インドネシアの緑豆栽培
ジャカルタから特急列車で5~6時間で中部ジャワ州のプルオケルトに到着、古都ジョグジャカルタまであとわずかの地。
インド洋に面したこの地域は農業に適し、米や赤玉ねぎの産地、広い平野が広がる。
稲は通常1年に2回収穫する。
3期作も可能だが、そこまでは汗癖していない。

緑豆 M&K2 緑豆 M&K3

緑豆は、稲作の間期に副業として栽培する農家が多い。
専業で緑豆を栽培する畑もあったが、稀とのこと。
畝は作らずに平地に30㎝間隔程度に植える。
勿論農薬は使っていないので時折豆を食べる幼虫がいる。
肥料かどうかわからないが、一面にわらが敷かれている。
樹高は50㎝程、黒~褐色の鞘を収穫し、天日乾燥後足で踏んで豆を取り出す。
1ヘクタール当たり約1トンの緑豆を収穫できるが、1.3トン収穫することもあるとは、地元の農家の弁。

インドネシア緑豆 緑豆 インドネシア3

インドネシアの緑豆でもやしができるか
持ち帰ったインドネシアの緑豆は、大小2種類あり、小さいものは長さ3㎜、大きなものは長さ5㎜程度。
大きさで分類して売っていた。

緑豆 インドネシア4緑豆 小 インドネシア


信州松本の事務所内で早速発芽試験

皿の上に紙を置き、水を満たし緑豆を入れる。
5~6月の室温下で1日で発芽の気配、2~3日後には100%発芽し、以後もやしができるが陽が当たっているため緑のもやしになる。
その後水を足してやると日毎に成長し、20㎝程度にも伸びる。

緑豆 発芽試験

褐色のプラスチック瓶に緑豆を入れ、陽を遮った条件で試験を行ったが、水を交換しなかったため発芽はしたが腐ってしまった。
新鮮な水が必要であることを確認。

結論は、インドネシアの収穫後10か月の緑豆でも、発芽率はほぼ100%である。
温度条件と水の交換で日本で売られている白く太いもやしができるものと確信した。

信州安曇野で緑豆栽培の試み
信州安曇野は標高おおよそ600m、北アルプスや美ヶ原高原に囲まれた盆地であり、寒暖の差が激しい。
古くから稲作が中心で減反政策に伴い小麦、そば、大豆の栽培もおこなわれ、山のふもとの傾斜地ではりんご、ぶどう、梨なども作られる。

幅2m、長さ10mほどの堆肥とニームケーキで肥沃な土地に、本年6月半ばにインドネシアの緑豆を植えた。
幅50㎝程の畝を二畝作り、間隔は20㎝、一か所に2粒を深さ5㎝程度に植えた。

緑豆 信州発芽緑豆 信州100%発芽

カラスが食べる被害には合わない。
特段水も与えない。
約2週間でほぼ100%発芽して、濃い緑の緑豆が成長し始めた。
播種から2か月で樹高は50㎝以上、黄色い花が咲き緑豆の鞘もでき始めた。
8月末頃より褐色の鞘や黒い鞘が目につくようになった。
緑豆の成長は続き、高さが1mほどになり横枝も張り出し、一本一本の緑豆の区別がつかず、重さに耐えきれず倒れるものも見られた。

緑豆 信州 花緑豆 信州 褐色鞘

9月になってからは時折褐色や黒色の鞘を収穫して、緑豆の大きさや色を観察したが、既に立派な緑豆と確認できた。
農薬散布は行っておらず、また高栄養のためか幼虫の犠牲になった緑豆が散見された。

緑豆 信州 試し収穫

9月末、まだ緑の葉が多く残り、褐色や黒いさやに交じって緑の鞘も多く残り、枯れた状態になっていなかったが、総て抜いてビニールハウス内で乾燥させた。
強く触ると鞘がらせん状に曲がり、緑豆をはじき出すようになってから、鞘を色ごとに分類し、わらござの上で引き続き乾燥させた。

緑豆 収穫 黒褐緑緑豆 収穫

褐色の鞘と黒色の鞘からの緑豆の収穫は約2㎏、緑の鞘からは約0.5kgの収穫があった。
これらの緑豆は紙袋に入れて、屋内で貯蔵し、来年の種として、2回目の栽培実験に使用することにしている。

緑豆の差によるもやし作成試験
褐色と黒色の鞘から得た緑豆にもやし製造に際して差があるかを検討した。
陶器の皿に紙を引き、水を加え、半分には褐色鞘からの緑豆、半分には黒色鞘の緑豆を置き、陽を遮った物入れに放置した。
9月のやや寒くなり始めた気候であったが、温度管理は行わなかった。
毎日水を補った。

緑豆 もやし試験1 緑豆 もやし試験2緑豆 もやし試験3

その結果、ほぼ100%の発芽率で白いもやしの作成に成功した。

2週間で細いものの長さ30㎝にも達するもやしが出来、根を張り頂部からは葉も出てきた。
褐色と黒色の鞘の緑豆に差は全く見られず、同等の質の緑豆と言える。

日本のもやしの歴
現在は全国的にもやしが食されているが、にほんのもやしの起源は江戸初期頃からと言われています。
青森県の大鰐温泉の大豆を原料とする「大鰐温泉もやし」、山形県の小野川温泉で栽培される「小野川豆もやし」は、温泉熱を利用している。
雪国の貴重な栄養源であったようだ。
より広く日本に広がったのは、明治時代後半期以降であり、中国から輸入された緑豆を使ってもやしが作られ始めている。
もやしのビタミンCの栄養価に注目され、1918年のシベリア出兵時には、兵食にもやしが加えられている。
満州で緑豆を栽培しはじめ、緑豆の輸入が始まったのは大正時代のこと。
食糧難の大東亜戦時には、もやしは「戦時蔬菜不足補充用食品」として認められ、もやし栽培者には緑豆が配給されるほどになった。
敗戦後は産地の満州を失い緑豆輸入ルートが途切れ、国内産緑豆で細々ともやし栽培が行われていたが、生産量は激減した。
1949年、GHQ保管の米国産緑豆5000トンが配給され、これを機に戦後のもやし栽培の復活がなされた。
その後、流通網の発達、ラーメンブームも手伝い、もやしは本格的に復活し現在に至っている。
1972年には、緑豆総輸入量は5万トンを超えた。
(出典、「もやし」を日本中に広めたのは戦争だった、JBPress, http://bppress.ismedia.jp/articles/-/42665)

日本の緑豆の輸入状況
もやし原料の緑豆は、100%輸入に依存している。
2016年の統計によると、輸入量の85.7%は中国、12.8%はミャンマーであり、残りの1.7%がタイ、オーストラリアなどからの輸入である。
2000年頃より中国、ミャンマーが主たる緑豆の供給国である。

輸入量は、過去30年以上年間ほぼ5トンを上回り、2016年は5.8トンを記録している。

輸入価格は、2016年度は10年前の3倍にも高騰している。
2016年の輸入総額は、119億円に達している。
(データ出所:財務省貿易統計)

緑豆の価格ともやし価格
10年前に比べて輸入緑豆の価格は3倍にも高騰しているにも拘わらず、スーパーでは特売品でもやし1袋(200g)が15円とか19円とか20円を下回る価格で販売されている。
正常な企業活動を行うには、もやしの卸価格は25~30円が望まれ、販売価格は40円前後が適正と考えられる。
実際、25年前のもやし平均価格は41円だったそうだ。
このような現状によって、「工業組合もやし生産者協会」(林正二理事長)によると、2009年に230社以上あった生産者は100社以上が廃業に追い込まれている。

三橋貴明氏によると、小売価格40円が適切なもやしを、15円で販売することは不当廉売行為であり、独占禁止法の「不公正な取引方法」に抵触するとしています。
スーパーなどの小売店が過剰競争野中、もやしを過剰に低い価格で売り、客寄せを図り、負担をもやし生産者に押し付けているのが日本の現状です。
「もやし部門は赤字。企業努力も限界」というのが、現在のもやし生産者の本音であり、廃業の原因である。
(参考:日本国「総ブラック化」から抜け出すために、三橋貴明オフィシャルブログ「新世紀のビッグブラザースへblog」2017年6月6日)

もやし業界の抱える問題
「工 業 組 合 も や し 生 産 者 協 会」が2017年3月9日に値上げを求める、以下の声明文(kyujo)を取引先の団体などの送っている。
その以下の添付参考資料がもやし業界の窮状を物語っています。

上がり続ける生産コスト、上がらない販売価格

現在のもやしの販売価格は約 40 年前(1977 年平均価格「総務省家計調査」より)の価格よりも安 く、一方、原料種子や人件費などの生産コストは高騰し続けています。
さらに過去最悪となるこの たびの原料種子高騰は収穫期に降雨があったために品質が悪化し、日本のもやしに適した高品質な 原料種子の収穫量が激減したことによります。
原料種子の品質はもやし生産に大きな影響を与え、 育成不良による歩留の悪化がより一層経営を圧迫する状況です。

減り続けるもやし生産者

2009 年には全国で 230 社以上あった生産者は 100 社以上廃業し、現時点では 130 社を切っていま す。
さらにこの状況を前に廃業やむなしと判断する生産者情報も少なくありません。
このままでは日本の食卓から「もやし」が消えてしまうかもしれません。
非常に深刻なもやし生 産者の窮状にご理解とご高配を賜りますよう何卒よろしくお願い申し上げます。

緑豆の供給国多様化への提案
現在もやし原料の緑豆を、中国およびミャンマーからの輸入によってほとんど依存している。
特に中国への依存度は85%と異常に高い。
連作障害による供給不足や品質低下、価格決定の問題、そして中国の場合二国間紛争による供給の突然の停止、などが懸念されます。
もやしが我が国の日常食品の一つとして定着している現在、緑豆の供給元を分散させることは、もやし生産者にとっては必須の選択と考えられます。
供給不足、停止などによるリスク回避は、原料緑豆の価格と共にもやし生産者が今から考慮しておく必要があると思います。

インドネシアでの緑豆栽培と供給
調査した限り、インドネシアの緑豆生産量は国内需要を満たすことはできていない。
緑豆粉末の原料は中国から輸入している。
しかしながら、稲の二期作の間に副業的に緑豆を栽培する農家はあり、また小規模ながら緑豆だけを生産する農家もある。
調査した地域では、収穫期に20トン程度の緑豆は集荷できている。
ある地域では、毎月300トンの供給能力のある会社もある(詳細は未確認)。
中部ジャワ州では、各農家の稲作面積は数ヘクタールにも上る。
常夏の国インドネシアは日本の国土の6培もあり、多くの土地が換金作物用に残っているようである。
実際、中部ジャワ州の農家組合は、各農家の裨益効果のある追加的な農産物を提案している。
工業省の高官によるとスラウェシ島(旧セレベス島)には、広大な土地が未開拓であり、日本の技術指導で緑豆栽培が可能ではないかと、日本の投資を期待している。
国立ボゴール農業大学は、安定購入があれば大学のノウハウを活かして緑豆栽培を行う意思があることを確認している。

問題は、単位面積当たりの米収入と比べ少ないことである。
年間供給量を徐々に増やしてゆくにしても、ある程度の機械化が必要である。
これによって、労働生産性が上昇し、米以上の収益に繋がれば緑豆栽培地としてのインドネシアは魅力的である。

今まで行った緑豆の発芽試験では、満足行く結果であり、常夏の国インドネシアの緑豆は品質的に中国産やミャンマー産に比べて低いとは思われない。
ただし、専門のもやし生産者による事前検討が望まれる。

日本での緑豆栽培の可能性
インドネシアで入手した緑豆を信州安曇野で栽培する試みを行ってみた。
6月中旬に約20㎡の土地に播種し、9月初旬から収穫を始め、まだ未完熟の緑豆もふくめ9月中旬以降に総て収穫した。
(個人的な日程の関係のため)
完熟緑豆の収穫量は約2㎏であった。
この試行の失敗として、緑豆栽培には肥料施肥が重要との情報により、堆肥とニームケーキを与え過ぎたこと、と播種間隔が狭かったこと。
植物の成長は非常によく、大豆の葉の色に比べて緑が強かったものの、植物の過度の成長によって緑豆収穫が少なかったように思われた。
来年度(2018年)、本年収穫した緑豆でより広い農地で再挑戦し、収穫量・品質を再確認する予定である。

過去日本でも緑豆栽培を行っていたという実績があり、緑豆栽培は耕作放棄地の利用や転作によって農村再興に繋がらないかと考える。
減反政策により小麦、大豆、そばなどの栽培が盛んになってきているのが、信州の現状です。
一年に1度の栽培になるが、大豆に比べて収穫量は半分だが、価格は4倍と見込まれる。

問題は、韓国の例からして8月から経時的に約2か月間完熟した緑豆の収穫を行わればならないことが見込まれる。
大豆の収穫方法とは異なり、労働集約農業になること。

いずれにしても、わが国で緑豆全使用量の1割でも生産できれば、産地多様化の一助になるのではないだろうか。

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