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インドネシアの伝統的治療薬ジャムゥ(Jamu)


1ジャムゥとは

ジャムゥ(Jamu)とは、インドネシアで伝統的に使用されている薬です。一般に数種もの生薬を調合し、病気の治療や健康維持のための医薬品体系です。日本の漢方薬に匹敵するものですが、インドネシアでこのような医薬品体系が作られ、現在もこの薬物療法が脈々と生き残っていることは驚嘆に値します。

そもそもジャムゥの意味は、客とか植物の根や草などから作った薬のことです。ジャムゥがいつ頃始まったかの記録はないが、世界遺産ともなっているボロブドゥール仏教遺跡にその存在を見ることができる。ボロブドゥールはインドネシアジャワ島中部に位置する古都ヨグヤカルタの近郊にあり、19世紀初頭に発見された89世紀建立の仏教遺跡としては世界最大のものです。5段からなる第一番回廊北側下段に当時の生活を示すボ遺跡で有名なレリーフには、古代のインドネシア船に乗って到着した聖職者ヒルと乗員を歓迎する男女とその子供が描かれている。その横には現在でもみられる北部スマトラ島特有の家で、女性がピピサン(石の台)とガンディ(石の丸棒)でジャムゥを作っています(写真1)。恐らく、船旅で疲れた聖職者たちへ疲労回復のためのジャムゥを調合しているものと思われます。ジャムゥの語源を意味する風景かも知れません。ピピサンやガンディは現在でもジャムゥ製造時に使用される道具で、少なくとも8世紀にはジャムゥが作られていたことは確実です。またこのレリーフの右側には、ジャムゥ瓶を入れた籠を背負い、市中に出かけ症状に合わせ調合・売り歩くジャムゥゲドンが生き生きと描かれており、この姿は現在のものと基本的に同じです。

写真1 ボロブドゥール仏教遺跡第一回廊のレリーフ 
    スマトラ建築家屋内でのジャムゥ調合浮き彫り

インドネシア人は約6000年前に中国南部の沿海部から移住し、太平洋諸島や西はマダガスカルまで船で往来し、4世紀には高度な文明を築き上げていました。インド商人とともに仏教はスマトラに伝えられ、ついで7世紀にはジャワ島中部のヨグヤカルタに仏教文化の中心が移ったが、その繁栄は比較的短く200年でした。この間、中国からインドに仏教を学ぶ僧はジャワ島でサンスクリット語を勉強し、またジャワ島で仏教を学ぶなどして帰国し、ジャワ文化は空海の真言宗やチベット仏教に強い影響を与えている。このように高度な文化をもったインドネシア人が医薬品に対する知識をもち、かつ先進国であるインド文化を吸収してジャムゥの体系を非常に早い時期から作りあげていたとしても不思議ではないと思われます。

ジャムゥの材料としては樹皮、果実、根茎、花、種子などの植物成分、蜂蜜や鶏卵、食塩などの無機物質、砂糖が使用され、剤形としては新鮮なジュース、材料の煮沸あるいは蒸した後の搾汁や煎液の内服薬が主流ですが、外用剤として塗布剤、軟膏や湿布剤も作られています。ジャムゥの処方は、ドゥクンやバリアンと呼ばれる医療の専門家、また一般大衆の間ではジャムゥゲドンと呼ばれる代々母から一人の娘に受け継がれています。首都ジャカルタでもこのようなジャムゥゲドンを今でも多く見受け、仕事前や仕事が終わった後症状に合わせ、また多くは疲れや強壮のため1杯のジャムゥを飲みます。症状や体調を聞いた後、数種類の瓶を選び巧みに調合します。料金は地域によって違うが、ジャカルタを中心とした西ジャワでは3000ルピア、中〜東部ジャワでは10002000ルピア(20012月時、1000ルピアは約13)で、タバコ1箱分に相当します。

 ヨグヤカルタには、ボロブドゥールをはじめとした仏教遺跡群の間にヒンドゥー寺院が点在しているが、ジャムゥに影響を与えたヒンドゥー教は仏教とほぼ同じ8世紀頃から隆盛を誇り、共にイスラム教の広まりとともに仏教・ヒンドゥー教は衰退し信者はバリ島に移った。しかし、ジャムゥは生き残り現在でもヨグヤカルタや近郊のソロは現在でもジャムゥ生産が盛んで、ガジャマダ大学は伝統医薬品研究の拠点として日本人を含め多くの留学生が薬用植物の研究を行っているし、近代的なジャムゥ製造会社もここに工場を持っている。

ヨグヤカルタには現在でも、伝統的な方法でジャムゥを製造・販売している会社がいくつもあります。そのひとつジャムゥギンガング社(Jamu Ginggang)社長のプラヨゴ氏は、伝来ジャムゥを製造するドゥクンで、あらゆる種類のジャムゥを手がけている。2001年2月に訪問してジャムゥの製造工程を見せていただきましたが、ジャムゥ原材料を砕く臼(アル)、煮沸釜が設置され、4名の女性がピピサンとガンディで男女の健康増進用処方ジャムゥGalian peturiGalian peturaの磨り潰す工程を行っておりました(写真2)。両ジャムゥの味見をしましたが生薬と同様に非常に苦いものでした。店頭にはジャムゥの処方名と価格が掲示され、1100名以上の客があるとのこと。1000年以上もの伝統をもつジャムゥが、今もなおインドネシア人の健康に大きく貢献していることを強く実感した。 

 

 

 

 

 

写真2 ヨグヤカルタのジャムゥ製造風景
昔と変わらぬピピサンとガンディで男性健康増進用処方
ジャムゥGalian peturi の磨り潰す工程

 

 

2ジャムゥとアーユルヴェーダ

 ボロブドゥール遺跡のレリーフにジャムゥの調合場面が描かれていることは、8世紀にはすでにインドネシアには医薬品調製の知識があったことを示しものです。そして、ジャムゥ発祥の地はヨグヤカルタを中心とした中部ジャワでした。仏教とヒンドゥー教が共存していたのは10世紀頃までで、13世紀末にはヒンドゥー王国が成立、17世紀初頭にはイスラム勢力がジャワ島全域を支配するようになりました。ヒンドゥー教徒の一部は改宗せずバリ島にジャムゥの理論体系とともに移り、残された人々はイスラム教の平和的・調和主義によってジャムゥに対する弾圧がなかったため、一部の人々によってジャムゥは伝承されるようになったと思われます。

 ドゥクンというヒンドゥー思想からなる専門の治療業務に携わる人は、バリ島ではバリアンと呼ばれています。このバリアンは世襲制と一定の学習を修めたものがなる二つに分かれますが、後者は治療薬の体系である一連のウサダを学ばなければなりません。ウサダは木簡のようなものに記録され、医薬原論から各論まで今でも一巻ずつ紐で縛られて保存されています。これらウサダの内容はヒンドゥー思想にしたがっており、病気の原因も治療法もヒンドゥーの3人の神、いわゆるシヴァ神、ブラフマー神とウィシュヌ神に根源がおかれています。一方、インドの寿命科学であるアーユルヴェーダの特徴的な考え方は、ヴァータ、ピッタおよびカパの三つの病素あるいは健素(ドーシャ)に基づく医療体系である。ウサダの内容とアーユルヴェーダの概念は全く一致するもので、ドゥクンあるいはバリアンが調合したジャムゥは古代インド医学アーユルヴェーダの基礎の上に成り立つものなのです。アーユルヴェーダは紀元前8世紀には完成し、絶えず新知見が書き加えられています。この寿命科学は8部門に分かれていますが、特徴的な専門分野として強壮学、すなわち老化防止の学問が強調されている。人間は加齢によっても有意義な生活をし、自然に死を迎えるまで無病息災であることを求めているわけで、予防医学の最初の医療体系といえ、現在のQOL(質の高い生活)の考え方の基礎になっています。現在のジャムゥでも強壮を目的とした処方が多く、アーユルヴェーダの影響を強く受けているようにみえます。

 

3現代のジャムゥ

 インドネシア共和国がオランダから独立し、14000余の諸島が統一されたのは1945年のことです。独立後はオランダやドイツからの医薬品調達が困難となり、ジャワ島に伝承されていたジャムゥが標準語になったインドネシア語によって広く紹介され、医薬品不足の急場を救ったのです。それ以前はごく一部の人々によって継承されてきたジャムゥの材料や処方はドゥクンやバリアンズでは秘密であり、伝承者である民間の母から娘へは口伝えされ、供給量も限られたものでした。現代では、近代的設備をもつ製薬会社によってジャムゥの各製剤が大量生産され、薬店や雑貨店などで販売されています。同時に昔ながらの調合したジャムゥ瓶の籠を背負い、手提げ籠には他のジャムゥやコップを持ち、町で売り歩くジャムゥゲドン(必ず女性)の姿を、現在でもジャカルタのような大都会や地方でも見かけることができる(写真3)。ジャムゥゲドンも近代的な製薬技術を受け入れ、処方の一部に処方済みの製剤を使うことがあります。

 

 

 

 

写真3 
ジョグジャカルタのジャムゥを
売る女性(画

 

ヨグヤカルタにはジャムゥの原材料だけを扱う大きな市場があり、一般庶民へ供給しています。また、糖尿病、高脂血症の生活習慣病や健康維持のための生薬原材料をまとめて袋詰めし、調合の面倒さを省いたジャムゥ原材料も売られている(写真4)

 

 

 

 

 

写真4 ヨグヤカルタ・マリオボロ通りにあるジャムゥ原材料市場

 Cabe Puyang Warisan Nenek Moyang(ジャワの伝統治療薬)という本には,各種感染症、神経疾患、生活習慣病、腫瘍など104種類の疾患についてのジャムゥ処方と原材料が取り上げられています。また、インドネシアのジャムゥのバイブルとも言えるObit Asli Indonesia(インドネシア元来の薬)は350種類もの生薬について種類・特徴、含有成分、効能が記載されている。これら以外にも腫瘍、強壮・強精など疾病・健康分野毎、薬用植物などの各種ジャムゥあるいは伝統治療薬に関する書籍は多数が出版されおり、本屋の一角を占めるほどです。1998年の金融・経済危機後、近代医学・薬学一辺倒の医薬品の見直しから自然への回帰のキャンペーンがインドネシア保健省によって提唱され、伝統的治療薬ジャムゥの使用促進と効能・効果に関する科学的研究が開始されています。

このように熱帯地方で利用可能な生薬による2000年にも及ぶ伝統的治療薬の中には、近代医学・薬学を超える処方が潜んでいる可能性はあり、さらにアーユルヴェーダを基礎とした強壮学、予防医学に適合するジャムゥや有益な材料が生き続けているものと確信します。

   

4ノニとジャムゥ

 前述したようにノニは、インドネシアのモルッカ(現在のマルク)諸島を原産とするアカネ科の植物です。 約6000年前に中国南部沿海部から移住した原インドネシア人によって、ノニは南太平洋の島々に伝播されたものと思われます。100近い亜種があるといわれますが、ジャワ島のノニは純種のMorinda citrifoliaであることがインドネシア政府研究機関によって確認されている。ノニの果実あるいは果汁は、おたふく風邪、喘息、コレステロール低下のジャムゥ処方に使用されており、一方伝承的なジャムゥとしては東ジャワではノニ搾汁にショウガ、ラオス(なんきょう、しょうが科)、卵黄に混合して疲労回復、強壮・強精剤としている。また中部ジャワでは、ノニ搾汁にニンニク、ラオス、ココナッツの花由来の蜂蜜を加えて、同様に疲労回復、強壮・強精剤と一般に用いられている(写真5)。一方、ノニ果実の効能・効果としては鎮吐、鎮咳、去痰、下剤、降圧、回虫駆除、抗炎症、通経作用が記録されています。現代の若者は独特の匂いの故にノニを敬遠する傾向があり、また合成染料に押されノニ由来の染料が用いられなくなったことから、現在一般家庭の庭からノニは消え去っています。しかし、インドネシアの年配者に聞くところによれば、子供時代に祖父母あるいは両親からノニの搾汁を機会あるごとに飲まされたとのこと。おそらく、近代医薬が一般的でない時代においては、ノニ果実や搾汁は病気の治療や健康維持のため汎用されていたものと思われるし、現在知られているジャムゥ処方以上に民間伝承的に日常的なものであったと思われる。現在のインドネシアでは、ノニのジャムゥとしての再認識が起きており、数社がノニジュースを製造販売し、知識人や高額所得者にも浸透しつつあるのが現状です。

 

 

 

 

写真5 同上 
熟成したノニ果実がラオス(しょうがの類),  
ニンニク、黒蜂蜜と共に売られ
ている

 

参考図書

高橋澄子「ジャムゥ」、平河出版社、1988
Dr. Seno Sastroamidjojo
Obat Asli Indonesia」、Dian Rakyat1997
Cabe Puyang Warisan Nenek Moyang」、Balai Pustaka1987
Jhon Miksic
Bodobudur」、Periplus2000
ウパディヤヤ・カリンジェ・クリシュナ「アーユルヴェーダ健康法」、春秋社、
1996

 

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最終更新日:2009/09/08